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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)361号 判決 1975年10月31日

原告

武者久四郎

右訴訟代理人

高木肇

被告

直川一也

右訴訟代理人

定塚道雄

外二名

主文

被告は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地につき東京法務局港出張所昭和四八年二月一四日受付第四〇四九号をもつてなされた所有権移転登記、および同目録(二)記載の土地につき同法務局昭和四八年二月二七日受付第五五〇二号をもつてなされた共有持分移転登記の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

主文同旨の判決を求める。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告は昭和二七年四月三〇日訴外国から別紙物件目録(二)記載の土地(以下本件(二)の土地という。)の共有持分六分の一を買受け、昭和三〇年二月七日その旨の移転登記をし、また、昭和三〇年八月二六日、同じく訴外国から別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件(一)の土地という。)を買受けその所有権を取得し、同年一二月二六日便宜原告の長男訴外武者潔の名義を借りて移転登記をした。

2  ところが、本件(一)(二)の土地につき、被告に対して、主文第一項記載の各移転登記がなされている。

3  よつて、原告は被告に対し、本件(一)(二)の土地の各所有権((二)の土地については共有持分。以下両者を通じ所有権という。)に基づき、右各移転登記の抹消登記手続をすることを求める。

二、請求原因に対する認否<略>

三、抗弁

1  仮に本件(一)の土地が原告の所有であつたとしても、本件(一)(二)の土地は、訴外山本千代子が原告から買受け所有していたものを、被告が昭和四八年二月初旬頃、右山本から同人の所有する建物と併せて総額一五〇〇万円で買受け、その所有権を取得し、被告・右山本・武者潔および原告の四者合意のうえ被告に対し、中間省略により各所有権移転登記がなされたのである。すなわち、昭和四七年一二月頃、原告および武者潔と本件(一)の土地上に建物を所有する山本千代子との間に、本件(一)の土地および右建物を他に売却する旨の話がまとまり、その前提として、翌年一月一五日ごろ原告が右山本に本件(一)の土地および私道部分たる本件(二)の土地を金二五〇万円で売却する旨の合意がなされた。そして昭和四八年二月一二日、被告と右山本千代子の代理人山本建男との間で、本件(一)の土地および前記建物を金一五〇〇万円で売買する旨の契約が締結され、同日、被告・右山本建男・武者潔の三人が、司法書士館岡顕事務所において、土地については中間省略登記で被告に移転する旨、および被告は同日本件(一)(二)の土地の代金として、右武者潔に対し金二五〇万円を支払う旨合意し、本件(一)(二)の土地および前記建物の所有権移転登記手続を右司法書士に依頼し、被告は右武者潔に対し、即時金二五〇万円を支払つた。

2  仮に、前項の原告の行為が認められないとしても、原告は武者潔に対し、本件(一)(二)の土地の売買につき代理権を与えていた。

四、抗弁に対する認否<略>

五、再抗弁

原告は、本件(一)(二)の土地を金二五〇万円で売却する旨の意思表示をした当時、老齢と精神的疾病のため自らの行為の是非を判別する能力を全く欠いていたから、右意思表示は意思無能力者がしたものとして、当然に無効である。仮にそうでないとしても、本件(一)(二)の土地の売買契約は、原告が無知、無経験である上、当時意思能力が著しく欠けていたことに乗じて締結されたこと、本件(一)(二)の土地の時価は三〇〇〇万円を下らず、近隣の土地の建設省公示価格から算定しても二一三六万余円で、本件(一)の土地が借地権付のものであるにもせよ、(一)(二)併せて二五〇万円という売買価格は低額に過ぎることなどを考慮すると、公序良俗に違反し無効である。また仮にそうでないにしても、原告は、かねてから本件(一)(二)の土地を金二五〇〇万円で売却したいと欲しており、右意思表示の際も、二五〇〇万円で売却する旨申入れたが、その内心の効果意思がそのまま相手方に伝わらず、表示行為としては二五〇万円となつてしまつたものであり、この意思と表示との不一致は法律行為の要素に関するものであるから、右意思表示は錯誤により無効である。

六、再抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三  証拠<略>

理由

一原告が昭和二七年四月三〇日、訴外国から本件(二)の土地の共有持分六分の一を買受け、昭和三〇年二月七日その旨の移転登記をしたことは、当事者間に争いがない。また、<証拠>を総合すると、原告が昭和三〇年八月二六日、訴外国から本件(一)の土地を買受けて、その所有権を取得し、便宜上同年一二月二六日原告の長男である武者潔名義の移転登記をしたことが認められる。そして、本件(一)(二)の土地につき、被告に対して主文第一項記載の各移転登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

そうすると、請求原因は理由があるから、抗弁が立たぬかぎり、原告の請求は認容せられるべきことになる。

二そこで、抗弁第一項について判断する。証人山本建男の証言および原告本人の供述を総合すると、昭和四七年一二月ごろ、本件(一)の土地を賃借し、その上に建物を所有して居住していた訴外山本千代子が一人住いで老齢、病弱であることから、本件(一)の土地の借地権などの処理につき、その甥にあたる訴外山本建男が同女を代理して原告との間で数回にわたり話し合つた結果、原告が本件(一)の土地を私道部分たる本件(二)の土地とともに訴外山本千代子に売却し、訴外山本千代子がそれを自ら所有する前記建物とともに第三者に売却することで意見が一致したことが認められる、そして、昭和四八年一月一五日ごろ、原告と訴外山本千代子の代理人である訴外山本建男との間で、原告が本件(一)(二)の土地を金二五〇万円で訴外山本千代子に売却する旨の合意が成立したことは当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すると、昭和四八年二月一二日、被告と訴外山本千代子の代理人訴外山本建男との間で、本件(一)(二)の土地および訴外山本千代子所有の前記建物を金一五〇〇万円で売買する契約が締結されたことが認められる。同日、被告・訴外武者潔・同山本建男の三人が司法書士館岡顕事務所に同行したことは、当事者間に争いがない。<証拠>を総合すれば、同司法書士事務所において、右三者間で、本件(一)(二)の土地については中間省略登記で被告名義とする旨、および被告は即時本件(一)(二)の土地の売買代金として、訴外武者潔に金二五〇万円を支払う旨の合意がなされたことが認められる。そして、右の三人が同司法書士に本件(一)(二)の土地および前記建物の所有権移転登記手続を依頼したこと、ならびに訴外武者潔が被告から金二五〇万円を受け取つたことは、当事者間に争いがない。

そうすると、被告のこの抗弁は理由があるから、再抗弁が立たぬかぎり、原告の請求は棄却されるべきである。

三よつて、原告の再抗弁のうち錯誤の点につき判断する。

原告本人の供述によれば、原告が本件(一)(二)の土地を金二五〇万円で売却する旨の意思表示をした昭和四八年一月中旬ごろには、数年来の動脈硬化症が相当悪化し、床に臥することも多かつたことが認められ、また、<証拠>によれば、原告は右意思表示の約一〇日後に発作を起こし、動脈硬化症および脳血栓症のため、東京都杉並区所在の救世軍ブース記念病院に入院したこと、入院当時には、十分口もきけず、精神的に興奮状態にあり、思考能力も常人に比しかなり低下していたことが認められる。さらに、原告本人の供述によれば、当初訴外山本建男が本件土地の売買のことで原告方を訪れた際、原告は「頭の具合が悪いから帰つてくれ。」とか「相場がわからないから約束できない。」とかと述べていたことも認められるのであつて、これらの事実を総合すれば、本件意思表示の当時原告の意思能力は相当減退していたものと認めないわけにはゆかない。証人山本建夫の供述中には、この右認定に反する部分があるけれども、あいまいな点が多く心証を惹くに至らない。証人川上けいの証言によれば、原告は、右ブース病院に入院後病状が回復し口もきけるようになると、同院の主治医、看護婦、さらには付添婦にまで、本件土地を「二五〇〇万円で売つた。」と繰返し語つていたことが認められるし、<証拠>を総合すれば、武者潔から土地の二五〇万円の代金が入金された預金通帳を見せられた際、同人が代金を着服したものと考え、激しく責め立て、その嫌疑を弁護士から本件土地代金が本当に二五〇万円だつたと知らされるまで解かなかつたという事実も認められる。また原告本人の供述によると、原告は本件(一)(二)の土地を売却する少し前に、友人から本件(一)(二)の土地より多少広いがその近くの土地が四〇〇〇万円で売却されたことを聞き、本件意思表示の際にもその話を忘れてはいなかつたようである。そして事実、本件(一)(二)の土地の時価を考えても、赤坂青山という都心に近い土地柄で、<証拠>によれば、近隣の土地に関する建設省の昭和四八年当時の公示価格が一平方メートル当り金二一万五千円であつたのであるから、たとえ、本件(一)(二)の土地が借地権付きのものであり、また、証人武者潔、同山本建男の各証言によつて認められるような、入院費の工面のため売り急ぐという事情が原告側にもあつたとしても、この二五〇万円という価格は余りにも低廉であると言わざるを得ない。以上の考察を総合し、当時原告としては本件(一)(二)の土地を金二五〇〇万円で売却する意思を有していたのに、病状の悪化およびこれに伴う精神的障害などから、その意思がそのまま訴外山本建男に伝わらず、表示行為としては二五〇万円となつてしまつたものと認められ、この意思と表示の不一致は法律行為の要素に関するものであるから、原告の本件(一)(二)の土地を金二五〇万円で売却する旨の意思表示は錯誤により無効なものと言わなければならない。

(ちなみに、右のような認定をする場合、本案の判断に先立ち、原告の訴訟委任の有効性が問題となるので、当裁判所は職権を以てこの点を取調べたが、原告本人尋問の結果、少なくとも、現在においては、原告は十分な意思能力に基づいて、訴訟委任の効果を肯認しているものとの心証を得たことを付言する。)

そうすると、原告の再抗弁中その余の点については判断するまでもなく、被告の抗弁第一項は理由なきに帰する。

四そこで、進んで抗弁第2項につき判断するに、被告は原告が訴外武者潔に本件(一)の土地の売買につき代理権を与えていた旨主張するのであるが、これを認めるに足りる証拠はない。<証拠>を総合すれば、訴外武者潔は、原告と訴外山本千代子との間で本件(一)(二)の土地を金二五〇万円で売買する旨の合意がなされた時点では、右売買について全く関与しておらず、右合意が成立した後に、原告が入院するなどの事情から、その後の代金の授受、登記手続を原告を代理してすることになつたものと認められ、証人山本建男の供述中、右認定に抵触する部分は、証人武者潔の証言および原告本人の供述に照らし、必ずしも心証を惹かず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

よつて、この抗弁は採用するに由ない。

五以上説示のとおりであつて、原告の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。 (倉田卓次)

物件目録

(一)所在 東京都港区南青山六丁目

地番 弐四五番

地目 宅地

地積 89.09平方メートル

(二)所在 東京都港区南青山六丁目

地番 弐四六番

地目 宅地

地積 61.75平方メートル

のうち六分の壱の持分

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